農園設立のいきさつ

人と仲良く自然と仲良く

表題の「人と仲良く、自然と仲良く」は、恵田三郎氏の薦めで小生が経営を担当しているモアークの会社案内の表題にもさせてもらっている。何とも名言で気に入っているが、その意味を深く考えると格言にも思えるし哲学表現にも思える。
「モアーク=MoARC」は、農業法人(有)盛田アグリカルチャーリサーチセンターの略称で、農産物を無農薬無化学肥料で栽培する生産者に特化、今は主に季節露地野菜と通年でリーフサラダを生産している。
また、理念を共にする生産者を積極的に応援、共通ロゴのもとで販売協力も行っている。



農業への関心

私が農業に関心を持ったのは、遠く1970年代前半ごろ、私がまだ大学生であったころに遡る。当時、西アフリカを中心に干ばつが到来、何百万人もの餓死者が出たことがあり、子ども心に何とか食料を世界中の恵まれない人に届けたい、そのためには、将来農業関連企業に就職しようと思ったことから始まる。
そのため、受験勉強も兼ねて多くの農業書を読み、卒業後は、思いがかない、穀物メジャー、カーギル社に入社、北米を中心に油脂原料、主に大豆を担当、南米、ヨーロッパの穀物も多数取引、世界中に配給した。
しかし、入社後は学生時代の高貴な思いとは裏腹に、いつのまにか、ただの企業戦士に成り下がり、「干ばつ」をむしろ絶好のチャンスと思う自分に嫌悪感を感じたものである。
その後、カーギルでは、金融派生取引部門を担当して先物オプション取引に奔走、食料部門からはなれ、最終的には入社十四年目で辞め、金融機関に転職した。その後は、外資系、法人系証券会社であいも変わらずデリバティプス取引に明け暮れていた。



初心に帰る

農業関連事業へのモチベーションが再燃したのは、1992年ごろ野村のニューヨークに在籍していたころ、私の恩師であるバークレーの客員教授リチャード・サンドア博士の公害輩出権取引に関する市場創設趣意書をいただいたときである。この趣意書のペース論文(サンドア博士著)は、ゴアの環境経済論文の参考文献となり、後の京都議定書の二酸化炭素排出権協議に大きく影響したものであるが、その一節にある環境保全コスト、簡単に言えば利益がもたらす現行会計制度では見えない短期損失と長期の儲け損ないの把握の部分で、水・空気・大地に直接接する農業を通しての新しい社会貢献の可能性を見出したことである。
かつて、西アフリカで起きた干ばつの発生も、実は公害が起因していた可能性が大であり、初心に帰り、思い切って四十歳で野村を退職、有機農業生産者になるべく進路変更した。当初は、お世話になったかつての上司や家族にさんざん心配をかけたが、千葉県栄町での実験農場創設を機に、以降は全員、私のよき協力者として応援してくれている。
私の協力者の全員が共通して抱く私への感情は、「不真面目なやつだが、何か真面目なことをしている」ので、何とかしてやろうであろうと推測する。 実験農場開設の目的は、農法の把握であった。当時、日本で有機農業に対して的確な農法に取り組んでいる方が少なく、先生探しに苦労したが、ありとあらゆる農法を実験農場で実践し、約二年かけてこれぞと思う農法として、草農法を選択、南国パラオに大規模な土地を借り受け、本格的に商業ベースで有機野菜を生産、同時にアブラナ科作物の連作実験を草農法で行い、十九年経った現在も過酷な熱帯で障害が出ないことを確認している。



つくばへ

モアークの設立は、このパラオでの生産行為が基礎になっているが、日本でやるからには中途半端は許されないと思い、有機農業に適している土地から物色、つくば市にあった元上郷農業高校の実習農園跡地を見つけて購入、たい肥農場中心に建物も建てた。 私の場合、過去の苦労話を人に話すのは得意ではないし、ほとんど忘れてしまう特異体質であるが、このとき出資者に設立意義をわかってもらうのにはさすがに苦労したことを覚えている。
つくばに来てはや十四年が経ち、近隣との交流も盛んであるが、当初、隣町で有機米を生産している方から米をモアークで販売してほしいとの要望があり、七トンほど引き受けた。少量ではあるが、久しぶりの穀物取引で快感を得た。 モアークでは米に続き、味噌、醤油、自然原料使用加工品、野菜に限って、今後も販売支援をして行く。
日本の食生活を野菜生産者の目から見ると、何とも不可思議なことが多く、あまりにも理屈に合わない食料が生産消費されていることに気づく。日本の食文化の基本は、お坊さんの質素な食事がルーツのように思うが、直接間接を問わず、石油利用の拡大で多くの人間が培養されているようにも思える。 何十万年にも及ぶ人間や動植物の進化の過程で石油利用を当て込んで進化した歴史はなく、賢人の定義「歴史を知り歴史に学ぶ」から考えると、歴史のない石油利用がもたらす地球の未来像には非常に恐怖感を覚える。
モアークでは、草たい肥だけですべての野菜生産を行っているが、歴史の裏付けが農法にあることは、生産者としての安心感も化学肥料使用栽培とは断然違うものがある。



若者と議論しながら

設立以後、有機農業を目指し新規就農を志す多くの若者が、モアークに訪ねて来てくれている。多くの場合、彼らの話を聞くと「自然美化、人間は悪」という論法でくる。なかなか面白く拝聴するが、人も自然の一員であり、人間が作り出す多くの矛盾もいささか厄介ではあるが、ただの自然現象と考えればよいのではないかと提言している。人と自然は一体であり、正に「人と仲良く、自然と仲良く」の思想が何をやるにも必要で、農業を聖職のように思う若者との会話には必ずこの言葉が持つ意味を論議してお帰りいただいている。
人と仲良くするためには、思いやりや相手が払う犠牲を理解する必要があると思うが、論議がこの段になると、日頃の生活でそのことを知り実行している若者が、今の日本には非常に少ないことに多々気づかされる。
自然と仲良くするためにも、そのことは最も重要なことで、人が、自然が払う犠牲に思いを持てば、工業も商業も隔たりはない。皆与えられた場でやれることをやれば良い。 モアーク従業員のうち、本雇いのほとんどが農学系も含め、学校は出ているが、栽培経験のない素人若者集団である。モアークも企業である限り収益も大事であるが、人間が作り出す矛盾に対してテーマをしぼり、やれることをやろうと皆で考えている。
その一つに教育分野がある。私も三児の父としてかねがね考えていることであるが、日本の教育がもたらす影響には懸念を抱いており、自然学校農園を将来つくりたいと願っている。
今の学校で習う英語や国語は本来人間同士でコミュニケートする手段で、理科、算数は自然の法則を見つけ共存する知識のように思うが、それがただの技術として扱われ、人間同士のコミュニケーションに欠かせない心の部分や自然と共存するための畏敬の念といった部分が置き去りにされている気がしてならない。



モアークのこれから


モアークでは、有機農業の専門学校として実際に作物を作るプロを養成し、欧米人とのコミュニケーションに欠かせない勉強や自然と融和する文化論も若者と討議しながら研究、人は自然の中の一員であることを作物をつくりながら皆で自覚していきたく願っている。